割りきらない音楽の深~い魅力♡

今回の盛岡アジアンナイトで改めて思ったことがあります。ある時期からの西洋音階のように割りきることやスッキリと雑味をとりのぞくことをしないまま♪あるがままの全ての音の高さや響きを絶妙に自由に操るガムランやネパールや雅楽やネパールや中東などなどの音楽。この、割りきらないままの音そのものに宿る魂をいかしている文化は、ほんとうにすごいな~と思うの。脳細胞や体の神経細胞の隙間にまで自由に出入りしちゃうようなメロディーやリズム。古来から人類が音楽の力を利用してきてきたのもうなずけちゃう。シャーマニックな儀式やら宗教音楽だけでなく、お祭りや労働やヒーリングや音楽療法、ロックコンサートまで、いろんなシーンで音楽は私達を癒したり助けたり盛り上げたり一体感をくれたり、カタルシスや解放してくれているもんね。(写真はアジアンナイト用に見つけたLEDキャンドル。ランバンサリがガムラン楽器の前に並べて置いてくれて、暗転の時、と~ってもきれいでした。しあわせ~~♡♡♡)

西洋音楽も本来は割りきらない音霊とともにあったんだろうけれど、割りきるコトでまた新しい魅力を編み出していったんだと思うんだ、、、、専門的なことはMariにはわからないので興味ある人は自分で探究してみてね?

バイオリン系の弦楽器も管楽器もみぃ~~んな、割り切れないビミョウな音程をちゃんと表現出来る楽器のままだし、実際に現代の奏者もみんな、同じ「C=ド」の音でも、状況に合わせてベストの音程を瞬時に判断して奏でているし、みんなも歌ってるときは無意識にいろんな「C=ド」で歌ってるんだよん。

え?どういう意味かわかんないって?あ、そうだよね?ごめんごめん、マニアックな話題になってしまった。歌でも同じだから、実は誰でも体験していることなのだ。

 

同じ「C=ド」の音には、「これはCの音程、ピッチだね」って許される範囲があるの。高めの「C」から低めの「C]まで無限に「C」の音程があるの。だから、奏者は、”このメロディーの中でだったら高めの「C]で弾こう”とか、”このアンサンブルの中でこのハーモニーの中だったら低めの「C]を弾けばより美しく響き合うな、よし、低めに弾こう”とか、状況で調整しているのです。すごいよね!

実際に実験できると、ほんとうにちょっとした調整で響きが全然違うのがわかるから、ブラバンの人とか、コーラスとかで実験してみてね?面白いし奥深い世界だよ~~~、ムフフ♡こうやって、西洋音楽の奏者も、ある時期に音程、音階を割りきったことで、表現しきれなくなる音の矛盾を見事に微調整でクリアして平均律の音楽を魅力的に演奏しているのであります!拍手!!!

それから、もっと言うと、ピアノやチェンバロみたいに鍵盤を弾くと決まった音程しか出ない楽器でも、曲によって調律(チューニング)を合わせて演奏する場合もあるの。この楽器達はチューニングが可能だからいいな~~。Mariの専門分野のマリンバなんかは、鍵盤の木を削るしか調律方法はないので、曲に合わせてのチューニングはほぼ不可能ですわろ。そのかわり調整可能なティンパニは微調整しまくります。

せっかく、どちらも楽しめる時代や環境に生まれたんだから、思いっきりいろんな音楽やいろんな国の音楽文化を楽しみたいと思うMarichiiでした。みんなも、もし聴いたことないけど、、、、という音楽があったら、一度聴いてみるのもおススメだよん。出来れば、CDじゃなくて、生のコンサートがいいです。耳だけじゃなくて眼とか肌とか臭いとか振動とか6感すべてで感じてみてね?

うふぅ~ん、キャンドルが青銅の楽器に反射して、ほんとにきれ~い。自己満足のKiwamiiiのMarichiii

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