”「間」は「心」”by 玉三郎さま

金曜夜のNHKで「にっぽんの芸能」という番組がある。時々、坂東玉三郎さまが、歌舞伎や踊りの演目の解説を、自分が演じる映像を織り交ぜながら語る日があって、これはもう毎回、息をするのを忘れてしまうほど素晴らしい舞台シーンと、玉三郎さまの役作りや芸への姿勢などの深い話の宝庫で、本当に夢中になって見てしまうんだけど、今夜はなんとまた、玉三郎さまの日でした。題して「伝心~玉三郎かぶき女形考~”仮名手本忠臣蔵 お軽”」。演目はこの時期だからか、忠臣蔵。NHK番組紹介をそのまま紹介するね?

以下***歌舞伎女方の人間国宝、坂東玉三郎が「仮名手本忠臣蔵」に登場する恋する女「お軽」の心と役作りの工夫を語る。恋人・早野勘平と駆け落ちしたお軽。幸せな夫婦生活もつかの間、夫が討ち入りに加わる持参金のために遊女として祇園へ。その祇園で、討ち入りにまつわる手紙をこっそり読んでしまったところから、お軽の運命が大きく動き出す「七段目 祇園一力茶屋の場」を中心に、玉三郎ならではの言葉でこの役の魅力をひもといていく***言葉のどれひとつをとっても、うう~~ん・・・とうなってしまうような深いことを語っていて、どれかを選べと言われても難しいんだけど、たまたま最近舞台で感じていることにシンクロした言葉が番組の最後にありました。

”「間」。「間」は「心」ですから。”by 玉三郎さま。Mariはこんな風に感じたり思ったりしていまする➔自分がつくる「間」、他の出演者がつくる「間」、お客さんが感じる「間」、お互いの「間」と「間」を合わせる時に生まれる「間」。この「間」を感じ合える相手と一緒に舞台に立っている時、そういうお客さんと一緒にいる時は、お互いの心の共鳴が増幅して皆が共有できる不思議な空間が生まれる実感があるんです。誰も動いていないときや、誰も歌ったりしゃべったりしていない静寂の中でも、心は動いたり震えたり感じたりしている。そんな、貴重なかけがえのない「間」=豊かに広がっていく「心」。舞台上のある意味での「嘘=つくりごと?=演技?」が「嘘」を越えて、「ほんとう?」になる。そんな一期一会で生まれているかけがえのない「間」を大切にしないで、不用意にガサツな言葉や動きで壊してしまう人間にはなりたくないと、いつも思う。。。。ってMariなりに最近改めて強く思っていることを、玉三郎さまの一言からも感じることが出来て、嬉しかった(^^)レベルは違っても、嬉しい♡

そして、番組では芝居全体の中での、今日映像を紹介しているシーンの役割や位置なども語っていましたけれど、このシーン、お軽のかわいらしさが満載で、久しぶりに再会した子どもの頃から仲良しだった兄とのやりとりが何とも微笑ましく愉快で、客席からは盛んに笑い声がおこるの。20歳くらいの娘を演じる玉三郎さまですが、ほんとうにかわいらしいんです。「あ、兄さ、まだある。」と、お軽が子供にかえったように兄に突っ込みをいれる一言があって、その時の無心で幼い表情や声色や言い方が、これまた可愛くてお客さんも笑ってしまっていた瞬間でしたけど、「この台詞を言う時に20歳の娘が、こう、フワっと通り抜けていくようでないといけないんです。」と玉三郎さまが自分の頭の後から喉(口)にかけて手をさっと動かしながら語ったときに、彼の顔がすっぴんなのにスッと20歳くらいの娘が童心にかえって兄にモノを言う顔に変って、ゾクリとしました!

でも、Mariなりになんかわかる!って思う感覚の表現で、テレビ画面に30cm近づいてしまった・・・(^^)「20歳くらいの娘を60歳過ぎの男が演じるわけですから、この10秒間のために、ありとあらゆることを細かく細かく積み上げていくしかないんです。見えないところも」この辺からはもう凄すぎて、平伏状態で聴き入るMarichii。(玉三郎さまの言葉はうろ覚えなので、多少違っていると思うけど、ニュアンスはだいたい合ってると思うから許してちょ。)

「10秒間、次の10秒間、、、それは10年間の積み上げからの10秒間だったり、、、。」でも、積み上げているのが見えない=わからないようでないと、その10秒にはならないとさらりと語る玉三郎さまの顔をながめながら、すさまじいまでの芸への姿勢に放心状態になってしまった。。。。。タメイキ。。。。。

 

はるか及ばないながら、少しでも誠実なモノづくりをやっていこう。。。

写真は播州赤穂の山で獲れた柿で~す。平安時代からある柿らしいとの話でした。忠臣蔵と言えば赤穂浪士。なので赤穂つながりデシタ(^。^)

 

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