令和元年♪上皇の昨年のお誕生日のスピーチを読んでね♡

天皇陛下が上皇に、皇太子殿下が新天皇に、そして、元号が変わるにあたり、毎日目に耳にすることが増えた「平成は戦争のない、平和な時代だった」「象徴天皇として国民に寄りそう天皇皇后両陛下」「常に忘れずに想いを馳せ、国内外に自ら赴むいて、火炎びんを投げられたりブーイングを浴びても、何回も何回も慰霊の旅を続けることで、

少しずつ、少しずつ、相手の人々や国民にその平和への願いや哀悼の想いを伝えていくしかないと、高齢を押してなお慰霊の旅を続けられる両陛下」などなどの言葉と映像。知らないうちに、そうした両陛下のあれやこれやが、普段皇室や天皇に興味のなり世代や子供達に浸透したんだなぁって、きょう、テレビで皇居や渋谷などに集まっている人達がインタビューに答えているのを見ていて、ふと思いました。

小さい子供でも「平成は戦争がなくて平和な時代だったから、令和はもっともっと平和な時代になるのがいい」とか、「平成は戦争はなかったけど震災が多かったから、令和は震災とかも、ない時代になりますように」とか、「国民に寄り添ってくださって超感謝してます」とか、みんながフツウにコメントするようになってるんだもの。これって、何気なく凄いことだと思いました。「戦争」とか「平和の尊さ」とか、「人に寄り添う思いやりの心」とか、普段、どんなに語られても、なかなか響いてこないことが、過去から現在に至るまでの映像のお姿と言葉が全てが説得力のあるメッセージとなってこんなに広がって伝わって共有されているなんて!!!すごい♡

上皇も新天皇も、どちらの語る話の中に、日本国や日本国民だけでなく、世界中の国々の人にも同じく思いを寄せ、平和と幸せを祈る気持ちがこめられていることに、いつも、感動してしまうの。こういう気持ちを自然に常に持ってる人でありたいって、強く思う。特に印象に残っているのは、平成30年12月23日のお誕生日の天皇陛下(現上皇)のスピーチです。どの部分も意味深く、何回も読み返してかみしめてしまう内容だったけれど、その中で、こんなことにも触れられていたんです!以下抜粋

「・・・・・今年,我が国から海外への移住が始まって150年を迎えました。この間,多くの日本人は,赴いた地の人々の助けを受けながら努力を重ね,その社会の一員として活躍するようになりました。こうした日系の人たちの努力を思いながら,各国を訪れた際には,できる限り会う機会を持ってきました。そして近年,多くの外国人が我が国で働くようになりました。私どもがフィリピンやベトナムを訪問した際も,将来日本で職業に就くことを目指してその準備に励んでいる人たちと会いました。

日系の人たちが各国で助けを受けながら,それぞれの社会の一員として活躍していることに思いを致しつつ,各国から我が国に来て仕事をする人々を,社会の一員として私ども皆が温かく迎えることができるよう願っています。また,外国からの訪問者も年々増えています。この訪問者が我が国を自らの目で見て理解を深め,各国との親善友好関係が進むことを願っています。・・・・・」

身近に外国から日本に移住している友人知人が多いこともあり、また逆に両親が若い時に米国に赴任して手さぐりでNYCやLAの生活や文化に溶け込もうと苦労した話や、そこで地元の人達の暖かい友情に助けられた話を聞いて育っていることもあり、こうした問題にまで触れられていることに、驚き、ますます敬愛の念が強くなりました(^^)

相手のことを思いやり、その立場になって考えてみたり、冷静に文化や考え方の違いを理解し合おうと努めることは、シンプルだけどとてもとても大事なことだと、いつも思います。万が一合わなければ、相手を攻撃や排斥や差別するのではなく、離れればいい。(最も世の中、そう簡単には行かない深刻な事や危険な事が沢山あると思うので、あくまでも常識、良識が通じる人同士での話だけど。自分の身に危険が及ぶ可能性があるムリは基本避けないとネ。)

好き嫌いとは別に、なるべく公平に冷静に相手を見られるスイッチを持ってると、かなり楽になれる気がします。相手をリスペクトすることに繋がるもん。「想像力」っていうのかな?それから、何が起きているのか、なぜ起きるのかなどを、広い視野と豊かなこころで「洞察する力」。どちらも、もっともっと高めたい感性。どうしたら磨けるんだろう???それからそれから、ここ一連の特集を見ていて感銘を受けたのは、ぶれない強い信念や意志と、行動力。

昨年12月の天皇陛下のこのスピーチは、そういう観点から読んでも素晴らしくて愛に溢れていて、ほんとうに色々なことに気づかせてくれまっする。なんだなんだ?って思うかもしれないけど、まだ読んだことがない人のために、あえて、添付しちゃいますね?ぜひ、読んでみてくださ~い♡。こんな時でないと、なかなか、読むこともないと思うから。(自分がそうだったし・・・)(>v<)きっと、なんでMariが長々語っちゃったか、納得してもらえると思いまーす♡♡♡

では、宮内庁ホームページから、全文で~す。令和元年、5月のお花を添えて、お送りします♡♡♡ぱぱ~ん♡♡♡問 天皇陛下として迎えられる最後の誕生日となりました。陛下が皇后さまとともに歩まれてきた日々はまもなく区切りを迎え,皇室は新たな世代が担っていくこととなります。現在のご心境とともに,いま国民に伝えたいことをお聞かせ下さい。

天皇陛下

「この1年を振り返るとき,例年にも増して多かった災害のことは忘れられません。集中豪雨,地震,そして台風などによって多くの人の命が落とされ,また,それまでの生活の基盤を失いました。新聞やテレビを通して災害の様子を知り,また,後日幾つかの被災地を訪れて災害の状況を実際に見ましたが,自然の力は想像を絶するものでした。命を失った人々に追悼の意を表するとともに,被害を受けた人々が1日も早く元の生活を取り戻せるよう願っています。

ちなみに私が初めて被災地を訪問したのは,昭和34年,昭和天皇の名代として,伊勢湾台風の被害を受けた地域を訪れた時のことでした。

今年も暮れようとしており,来年春の私の譲位の日も近づいてきています。

 

私は即位以来,日本国憲法の下で象徴と位置付けられた天皇の望ましい在り方を求めながらその務めを行い,今日までを過ごしてきました。譲位の日を迎えるまで,引き続きその在り方を求めながら,日々の務めを行っていきたいと思います。

第二次世界大戦後の国際社会は,東西の冷戦構造の下にありましたが,平成元年の秋にベルリンの壁が崩れ,冷戦は終焉(えん)を迎え,これからの国際社会は平和な時を迎えるのではないかと希望を持ちました。

しかしその後の世界の動きは,必ずしも望んだ方向には進みませんでした。世界各地で民族紛争や宗教による対立が発生し,また,テロにより多くの犠牲者が生まれ,さらには,多数の難民が苦難の日々を送っていることに,心が痛みます。

 

 

以上のような世界情勢の中で日本は戦後の道のりを歩んできました。終戦を11歳で迎え,昭和27年,18歳の時に成年式,次いで立太子礼を挙げました。その年にサンフランシスコ平和条約が発効し,日本は国際社会への復帰を遂げ,次々と我が国に着任する各国大公使を迎えたことを覚えています。そしてその翌年,英国のエリザベス二世女王陛下の戴冠式に参列し,その前後,半年余りにわたり諸外国を訪問しました。それから65年の歳月が流れ,国民皆の努力によって,我が国は国際社会の中で一歩一歩と歩みを進め,平和と繁栄を築いてきました。

昭和28年に奄美群島の復帰が,昭和43年に小笠原諸島の復帰が,そして昭和47年に沖縄の復帰が成し遂げられました。沖縄は,先の大戦を含め実に長い苦難の歴史をたどってきました。皇太子時代を含め,私は皇后と共に11回訪問を重ね,その歴史や文化を理解するよう努めてきました。沖縄の人々が耐え続けた犠牲に心を寄せていくとの私どもの思いは,これからも変わることはありません。

そうした中で平成の時代に入り,戦後50年,60年,70年の節目の年を迎えました。先の大戦で多くの人命が失われ,また,我が国の戦後の平和と繁栄が,このような多くの犠牲と国民のたゆみない努力によって築かれたものであることを忘れず,戦後生まれの人々にもこのことを正しく伝えていくことが大切であると思ってきました。平成が戦争のない時代として終わろうとしていることに,心から安堵(ど)しています。

そして,戦後60年にサイパン島を,戦後70年にパラオのペリリュー島を,更にその翌年フィリピンのカリラヤを慰霊のため訪問したことは忘れられません。皇后と私の訪問を温かく受け入れてくれた各国に感謝します。

次に心に残るのは災害のことです。平成3年の雲仙・普賢岳の噴火,平成5年の北海道南西沖地震と奥尻島の津波被害に始まり,平成7年の阪神・淡路大震災,平成23年の東日本大震災など数多くの災害が起こり,多くの人命が失われ,数知れぬ人々が被害を受けたことに言葉に尽くせぬ悲しみを覚えます。ただ,その中で,人々の間にボランティア活動を始め様々な助け合いの気持ちが育まれ,防災に対する意識と対応が高まってきたことには勇気付けられます。また,災害が発生した時に規律正しく対応する人々の姿には,いつも心を打たれています。

 

障害者を始め困難を抱えている人に心を寄せていくことも,私どもの大切な務めと思い,過ごしてきました。障害者のスポーツは,ヨーロッパでリハビリテーションのために始まったものでしたが,それを越えて,障害者自身がスポーツを楽しみ,さらに,それを見る人も楽しむスポーツとなることを私どもは願ってきました。パラリンピックを始め,国内で毎年行われる全国障害者スポーツ大会を,皆が楽しんでいることを感慨深く思います。

今年,我が国から海外への移住が始まって150年を迎えました。この間,多くの日本人は,赴いた地の人々の助けを受けながら努力を重ね,その社会の一員として活躍するようになりました。こうした日系の人たちの努力を思いながら,各国を訪れた際には,できる限り会う機会を持ってきました。そして近年,多くの外国人が我が国で働くようになりました。私どもがフィリピンやベトナムを訪問した際も,将来日本で職業に就くことを目指してその準備に励んでいる人たちと会いました。

日系の人たちが各国で助けを受けながら,それぞれの社会の一員として活躍していることに思いを致しつつ,各国から我が国に来て仕事をする人々を,社会の一員として私ども皆が温かく迎えることができるよう願っています。また,外国からの訪問者も年々増えています。この訪問者が我が国を自らの目で見て理解を深め,各国との親善友好関係が進むことを願っています。

明年4月に結婚60年を迎えます。結婚以来皇后は,常に私と歩みを共にし,私の考えを理解し,私の立場と務めを支えてきてくれました。また,昭和天皇を始め私とつながる人々を大切にし,愛情深く3人の子供を育てました。振り返れば,私は成年皇族として人生の旅を歩み始めて程なく,現在の皇后と出会い,深い信頼の下,同伴を求め,爾来(じらい)この伴侶と共に,これまでの旅を続けてきました。

天皇としての旅を終えようとしている今,私はこれまで,象徴としての私の立場を受け入れ,私を支え続けてくれた多くの国民に衷心より感謝するとともに,自らも国民の一人であった皇后が,私の人生の旅に加わり,60年という長い年月,皇室と国民の双方への献身を,真心を持って果たしてきたことを,心から労(ねぎら)いたく思います。

 

そして,来年春に私は譲位し,新しい時代が始まります。多くの関係者がこのための準備に当たってくれていることに感謝しています。新しい時代において,天皇となる皇太子とそれを支える秋篠宮は共に多くの経験を積み重ねてきており,皇室の伝統を引き継ぎながら,日々変わりゆく社会に応じつつ道を歩んでいくことと思います。

今年もあと僅かとなりました。国民の皆が良い年となるよう願っています。」

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