片山九郎右衛門「藤戸」を初体験(1)

ロビーでひとしきり写真ギャラリーを堪能していたら、皆さんが中に入り始めたので、Mariも扉から中に入ると、なんというか、GINZA SIXとは全然違って、一番後の扉付近からでも舞台がとても近いので驚きました。GINZA SIXでの安い席では、う~~んと離れた後の方から舞台を見ることになったので(オペラグラス必須)、そのつもりでいたので、これは嬉しい驚き。宝生能楽堂は舞台にびた~っと寄ったカンジで客席が横広がりなの。席も縦横きっちり並ぶのではなく、前列とずれていたりして、見やすい!え~と、ち26、ち26….ラッキー!(どんな感じの客席でどのへんか興味あったら、ここをクリック♪宝生能楽堂座席図参照

舞台の下手角の目付柱(めつけばしら)延長上で、横列的には右はじっこの席なので、右隣は空間♡♡♡しかも前後列的には真ん中くらい。うっふっふ。期待よりはるかにイイ席。TAMTAM時代に何年間も様々な番組をやらせて下さった知り合いのプロデュ―サーも観にくるって言ってたけど、どこにいるのかな?客席は、ほとんど見渡せる。ゆるい高低差があるから。年輩の方が多いかな?着物姿の人は意外と少なく、普段着の人がほとんど。関係者っぽい姿勢のよい短髪の男性もちらほら。初心者らしく、きょろきょろしていると客電明るいまま、公演はおもむろに始まってしまってました!あれ?客席は明るいままなんだっけ?

こういうのは慣れないので妙な気分。写真みるとわかるでしょう?周りの人がクリアに見え過ぎて舞台に集中しにくいなぁ~、これは、じっとしていないと他の人に迷惑になるから気をつけなくちゃ。演目は「藤戸」。華やかな演目ではなく、かなり内面的なお話なので、Mariみたいな初心者的向きでない気がするけれど、気合いバッチリなので全然眠くないっす(’v^)V 演奏が始まり、ワキ、ツレが登場して最初のシーン。

『源平の合戦に勝利した源氏方の武将、佐々木盛綱は、備前国児島にある藤戸の合戦(寿永三年/元暦元年:1184年)で、馬で海を渡る快挙を成し遂げ、先陣の功を挙げました。それにより、児島を領地に賜りました。春の吉日に、盛綱は初めて領地入りしました。”川を馬で渡る話は昔にもあるが、海を渡るとは史上稀なる大手柄”――そんな頼朝の賛辞を得た彼は、意気揚々と領主の館に入ります』銕仙会パンフレット&能ドットコムより(写真は歌川国芳による藤戸の戦いの錦絵です♪)

本舞台を観ていると、何やら橋掛りの方に気配が、、、ハッとそちらを見ると、片山九郎右衛門さん扮する前シテの老婆がいつのまにか揚幕(あげまく)から登場しているではありませんか?!ええ?うそ~!今回一番観たいのはこの橋掛りを歩く姿なのに、あやうく見そびれるとこだったじゃん(>。<)写真が揚幕。周りの皆さんはあんまり興味がないのか、気付いていないのか、お能的にはまだガンミするポイントじゃないのか、あまり集中している様子がない。ここは我が道をゆこうと、顔を思い切り左真横にグリンと向けて、片山さんを観た瞬間、目がすいついて離せなくなってしまいました。

 

客席の散漫な空気が全て消えて、橋掛りの茶色に在る老婆の小さな姿に、全神経をからめとられたような感覚。しかも、老婆は動いているのか動いていないのかわからないくらい、ゆうううううっくりと動いている。時間の流れが激変し別世界にワープさせられた。老婆は、そのままずぶずぶと床に沈んでしまうのではないかというくらい、物凄い重圧がその小さな体にのしかかっているように見えて、その重圧が途方もなく大きな惑星分くらいに重たく、観ている方も息苦しい。空気が重い。重すぎる。。。。。。いったい、どれくらいの時間で老婆は本舞台に到達するのだろう??

『すると一人の老婆が現れ、我が子を殺したと名指しで、盛綱を咎めます。初めは、知らぬ存ぜぬを通していた盛綱も、再三の老婆の追及とその哀れな様子に心を動かされ、とうとう告白します。源氏が戦陣を構えた藤戸は、平家の陣地と海で隔てられ、戦況は膠着していました。盛綱は地元に住む若い漁師から、馬で渡れる浅瀬ができる場所と日時を聞き出します。(写真は馬で海を渡る佐々木盛綱の像)

 

この若い漁師=漁夫から貰ったレアな情報で、彼は馬で海を渡ることが出来たからこそ大手柄をたてたのですが、このことを、平家方はもちろん、味方にも知られたくなかった盛綱は、他言を恐れて漁師を殺し、海に沈めてしまったのです。』